宙フェスの予習① 「誠実な失敗はチャンスに変わる!?」 吉田滋著『深宇宙ニュートリノの発見』のご紹介

宙フェスの予習① 「誠実な失敗はチャンスに変わる!?」 吉田滋著『深宇宙ニュートリノの発見』のご紹介

「宙と生活」では「宙フェスの予習」と題して、10月3日に開催される「宙フェス2020online京都嵐山」出演者にまつわる記事を連載します。

その第一弾は宇宙物理学者、吉田滋先生の著書『深宇宙ニュートリノの発見~宇宙の巨大なエンジンからの使者』の紹介です。

「高エネルギーニュートリノ天文学」という学問領域でトップランナーの一人として活躍されている吉田先生の研究生活や成果が、エンターテインメント小説のような構成で綴られている新書です。あまりにも巨大な研究対象とあまりにも人間的な研究の世界とのギャップが他にない読後感に導いてくれます。

サラりと読める本ではないかもしれませんが、是非、読んでから「宙フェス」でのオンラインLiveをお楽しみください。

『深宇宙ニュートリノの発見~宇宙の巨大なエンジンからの使者』(吉田滋)

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以下、書評のようなものです。
ご参考まで。

 

宙フェスの予習①
誠実な失敗はチャンスに変わる!? 

~『深宇宙ニュートリノの発見』(吉田滋)のご紹介

想像すら困難なパワー

一つの宇宙の誕生から消滅までの単位をインド哲学の用語で「劫(こう)」というらしい。それは、20kmの厚さの岩を3年に一度天女が降りてきて羽衣で撫で、すり減って無くなるまでの時間と同じくらいということで、人間の想像力の限界に挑むような単位と言える。

著者の研究対象「高エネルギーニュートリノ天文学」で扱う数字も「人類の想像史(?)」に残るようなサイズ感を提供してくれる。例えば、著者のグループが出所を突き止めた「IceCube-170922A」ニュートリノを生み出した天体は、10京ワットのエネルギーを放出しているらしい。10京ワットは太陽の100兆倍のエネルギーということで、そのあたりで、天女の羽衣がチラチラと頭をかすめる。

そのニュートリノが40億年の歳月をかけて地球に飛来し、日本時間2017年9月23日の朝に南極の氷河に突き刺さった日からこの新書は始まり、そこに至るまでの吉田先生の道のり、その後の更なる戦いが綴られていく。

ちなみに、私はこの冒頭の数字「太陽の100兆倍のエネルギー」「40億年の歳月をかけて宇宙を飛行」あたりですでにキュンキュンしてきたのだが、皆さんはどうだろうか。先日、インタビューをさせていただいた「宇宙ヤバイch」のYoutuberキャベチさんも、宇宙に関係する数字の途方もなさに感動するという話をしていたが、それはマニアックなキュンキュンなのだろうか。気になる。

でかい網が肝

 

「高エネルギーニュートリノ」をキャッチするのは困難を極めるらしい。正直、その装置のことやアプローチの方法は専門的でよくわからない。でも、高エネルギーニュートリノの発見に賭ける著者の情熱は、一読するにレアな昆虫を探し求める虫好きの少年を思わせ、読み進むにつれて応援したくなってくる。

「高エネルギーニュートリノ」の観測が難しいのには、いくつかの理由がある。そもそも、検出器内で衝突し信号を出す確立は1000分の1から10000分の1。その上、偽ニュートリノの問題、地球内で生成されるニュートリノとの区別の問題もあり、読めば読むほど検出は絶望的に困難であることがわかる。レア昆虫を見つけようにも網には滅多にひっかからないし、よく似た昆虫は多いし、存在を信じてくれる人は少ないしという感じだろうか。

そこで、著者は高エネルギーニュートリノを捕まえるための「できるだけ大きな網(検出装置)」を求めて、山梨県の山村に通い、ユタ州の広大な砂漠を彷徨い、ついに南極で実施される巨大な「高エネルギーニュートリノ」検出プロジェクト「IceCube実験」に参加することになる。そこまでの旅の記録は冒険そのもので、フィールドを駆け回り、研究室に閉じこもっているイメージは全然ない。

しかし、「IceCube実験」に参加してからは一転、研究競争、政治ドラマへと変わっていく。そして、またここからが面白い。

失敗に学ぶ

子どもの昆虫採集は見つけた時の喜びをピークにしぼんでいくが、科学の世界では結果を専門の論文誌に掲載されることではじめて結果として認められる。現代の研究では大きな予算をかけた大規模なプロジェクトでしか新しい発見は難しく、当然、一つの発見に多くの人が絡むことになる。結果、プロジェクトに政治が生まれるのだ。

「深宇宙ニュートリノの発見」というタイトルにもなっている一つの発見、その発見者の一人としてクレジットされるまでに、まず技術的な壁が立ちふさがり、それに絡み合うように政治的な壁が行く手を阻み、著者は常に窮地に立たされる。一方、時間的制約との戦いも常にあり、この本の後半はさながらサスペンスドラマの様相をていしてくる。

研究者に立ちふさがる壁は外的要因だけではない。つねに自分との戦いが繰り広げられている。そのあたり、著者が「研究者として拭いがたい汚点」と呼ぶ、ニュートリノ天文学業界を騒がせた(後に誤りがあったとわかる)自身の論文についても赤裸々に語りつつ、失敗を乗り越え何度も前を向く姿にはヒーロー性すら感じる。

著者は自らのことを「へっぽっこな物理学者」「さして才能に恵まれない科学者」と評しているが、もちろん特別な才能と情熱を持っている人だと思われる。しかし、この本を読んでそれ以上に感じるのは、著者の誠実さ、もしくは、「誠実さに根差した科学研究に対する思想」だ。誠実な失敗はチャンスに変わる。そんな事をちょっと信じたくなった。

 

吉田滋先生は10月3日開催「宙フェス2020online京都嵐山」に出演します。
どうぞお楽しみに!
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《吉田滋先生 プロフィール》
千葉大学理学研究院教授
および千葉大学附属ハドロン宇宙国際研究センターセンター長

2002年に千葉大学に着任し、同時期より南極点でニュートリノ観測実験を行うIceCube国際共同プロジェクトに参加。2012年に世界で初めて1000兆電子ボルトを超える史上最高エネルギーの宇宙ニュートリノ事象を同定することに成功、また2018年には、銀河系外から届いた「高エネルギーニュートリノ」の発生源天体の史上初の特定に成功した。2014年、超高エネルギー宇宙ニュートリノ発見への貢献により平成基礎科学財団より戸塚賞を受賞、2019年に、原子物理学とその応用分野での優れた業績の科学者に贈られる仁科記念賞を受賞。

 

テキスト:宙と生活編集部
写真:IceCube Collaboration

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